70年分の厚みは、織れない

70年分の厚みは、織れない

デニムの生地を、経糸の段階から作らせてもらう機会がありました。

解体した現物を解析に出し、その数値をもとに一反織ってもらう。そういう話です。

結論から書くと、思ったものは出来ませんでした。ただ、出来なかった理由が、僕にとっては解体そのものより勉強になった。今回はその記録です。


「経糸から一緒に作りませんか」

一年ほど前、そんな話が舞い込んできました。

服ヲ掘ルの活動で、もう一歩踏み込んだ探求がしたいと考えていた頃です。渡りに船でした。二つ返事で承諾しています。

条件はこうでした。
僕はインディゴの生地で製品を作る予定が無いので生地のリスクは全て先方持ち。
僕は解体した現物を解析用に渡すだけ。追加のリスクはなし、研究の内容は共有してもらう。

いま書き出してみると、こちらに一つも損がない。よくこんな話を持ちかけてくれたなと思います。

解析に出したのは、デッドストックから解体した BIG E。僕が一番好きな年代です。

なぜ、解体済みのデッドストックだったのか

「せっかくなら解体品を」という話になったのですが、これには理由があります。

生地の解析というのは、番手・撚り数・密度を測る作業だ。つまり、生地が平らに広がっていないと精度が出ない。縫い代に折り込まれた部分、ステッチで潰れた部分、巻き縫いで三重になっている部分は使えません。

解体してあれば、パーツ単位で平らな面が取れる。しかも一着分まるごと。前身頃から取るか後ろ身頃から取るかで、微妙に条件を変えて測ることもできます。

そしてデッドストックであること。

これは縮率のためだと思っています。水を通していない個体でなければ、縮率は測れない。一度でも洗われていたら、縮んだ後の数字しか出てこないわけです。

解体済み・デッドストック。資料としては、かなり贅沢な状態だったと思います。

解析結果

上がってきたのが、こちらです。

項目 タテ ヨコ
番手 6.87s 6.81s
撚り数 12.3 10.5
密度 70 48
縮率 8.2% 5.0%

染色はピュアインディゴ

ムラは全体的に弱め。「置き換え可能」との判断でした。つまり現代の設備で近い表情が出せる、ということです。

そして耳。生・ピンク・生 の構成で、それぞれ 5・1・6。ピンクの一本を、生成りが左右から挟んでいる。左右で本数が違うのが面白いところです。

一つ注釈をもらっています。

ミントコンディションとは言え製品からの分析なので、撚りと番手には誤差が出ると思います。ただ、過去に同じ年代のものを分析していますが、近しい結果ではあります。

あくまでこの一着から採った数値です。
同じ年代でも個体差はあるはずなので、そこは前提として置いておいてください。


ここまでは、順調でした。数値が出た。あとは織るだけ。

そう思っていたら、壁が二つありました。

壁① ピュアインディゴでは、褪せた色が出せない

染めはピュアインディゴで確定している。ここは迷いようがない。

問題は、目標にしている現物が 70年分の黄変と褪色を経ている ことでした。

現物に忠実に、ピュアインディゴで濃度帯だけ合わせて染める。そうすると、赤味が強く出てしまう。実物はもっと黄味にくすんでいるのに、です。

つまりこういうことなんですね。

「今の色」を目標にすると、染料としては別のことをしないといけない。
「当時の色」を目標にするなら、それは誰も見たことがない色になる。

どちらを狙うのか。これは技術の話ではなく、態度の話です。ここで一度立ち止まりました。

壁② 6.8番という糸は、存在しない

もう一つが、番手でした。

解析値は縦横ともに約6.8番。ところが実際に選べるのは 7番か6番の二択
6.8番という糸は、今回はそこにはない。

端番手の糸というものが存在しないという話ではありません。
あくまでも、今回の選択のテーブルに上げられない。という事。
物づくりには様々な要因が絡みあうので、全てが思い通りにならない事も当然あります。
今の自分たちに出来る選択の中で試行錯誤し模索する事も面白さの一つですね。

さらに厄介なことに、その7番は実測すると 7.4番くらいある。
狙いより細い糸で織ることになるわけです。

結果、0.5oz〜1oz 足りない

先方には前例がありました。
過去に同じく6.8番狙いで依頼して、7番で織られたことがある。
そのときの感想が印象に残っています。

生地の雰囲気、落ち方は縦横7番のほうが良いんです。ですが、薄いんです。

雰囲気は7番、厚みは6番。両立しない。そのときは緯糸だけ6番を入れて厚みを解決したそうですが、当然、狙いとは違うものになる。

番手を0.2動かすだけで生地の性格が変わる。そして0.2は、選べない。

図面を引く仕事をしていると、0.2 は自分で決められる数字です。生地はそうじゃない。選べる棚に並んでいるものからしか選べない事の方が多い。
この感覚は、実際にやってみるまで分かっていませんでした。

緯糸を、何色にするか

上がってきた生地は、緯糸が茶綿でした。

真っ白では無く生成りの糸が使いたい。
そう考えていたのですが、精錬された糸以外は使えない。
という機屋さんから連絡をもらっていました。

相談を重ねた結果、白で進めよう。という話になっていたのですが、
生産現場のプロの方たちが、
現物を見て「サンプルの生地のほうが茶色に見える」と判断された、ということで
薄い茶綿が使われていました。

じゃあ、どちらが正解なのか。

茶綿にすれば、今の見た目に近づく。
生成りにすれば、当時に近づく。そして時間が、黄ばみを作ってくれる。

これも結局、時間の話なんですよね。

上がってきたのは、81m

予定では8〜10反。上がってきたのは 81m でした。
繁忙を極める今のデニム生地の製造の事を思うと当たり前の変更かもしれません。

セルビッジデニムでパンツを作ると、一着あたり約2.5m使います。
81mだと約30本分。工場に頼むには、正直かなり心もとない数量です。

そして手に取ってみて感じた事は

「ん?数値とは裏腹に当時の物より厚みを感じるような、、」

数字の上では0.5oz〜1oz。
しかも数値上は薄く感じるはず。
それなのに、触ると違う事が分かる。

綿は、膨らむ

現物と新反を並べると、現物のほうが薄い感じがする

なぜか。先方の見立てはこうでした。

元のはおそらく、糸が痩せてるなどあるかもしれません。

デッドストックと言っても時間の経過はしますからね。

糸が痩せる。

生地は経年で「痩せる」のは当然理解していましたが、デッドストックでもその影響は大きいのか?それに、その痩せている可能性のある物を解析したのだからそこは揃うのではないだろうかと、多くの疑問が浮かぶ。

色々な考えがぐるぐると回る中で、今の僕の結論は、
「織るときの糸のテンションなどの条件で変わる」
「出来立てホヤホヤと時間が経ったものには差が出る」
という事では無いかと考えています。

「織るときの糸のテンションなどの条件で変わる」

そこまでは流石に細かく数値化も出来ないし、そもそも機屋さんに指示する事もできません。
細かい事を言えば、湿度や気温などの外部環境も変わります。
扱っているのは綿という天然繊維。その産地やその環境は?

そうなると、変数がとんでもない量になっていきます。
ここはもう、経験を積んで、様々な挑戦をし続ける人だけが垣間見る事が出来る境地と言わざるを得ない。

「出来立てホヤホヤと時間が経ったものには差が出る」

番手6.87。密度70×48。あれは織り上がった直後の数値ではありません。
70年かけて膨らみ、洗われ、縮み、また膨らんだの数値です。

その数値を目標にして、いま織る。すると出来上がるのは、70年後にその数値になる生地ではなく、いま、その数値の生地になる。

スタート地点が、そもそも違う。

正直に書いておくと、この理屈に気づいたのは生地が上がってきた後です。
事前に分かっていたら、「一段太くしてください」と言えたかもしれない。
でも言わなかったかもしれないし、言うべきでなかったかもしれない。

じゃあ、当時の織り上がり直後の数値はどう求めるのか。

分かりません。
デッドストックといえども、70年前の空気は吸っている。
未使用は、新品ではない。
デッドストックは時間が止まった生地ではなく、ゆっくり進んだ生地だ、ということなんだと思います。

ここは正解を持っていません。どっちでしょうね、というのが今の正直なところです。

 

何が残ったか

品番。

一度織った生地には品番がつきます。品番が残っていれば、そこをベースに密度も、糸の太さも、染めも変更できる。
つまりいつでも打ち直せる状態ではある。40反を積めるようになった時に、答えを持ったまま戻ってこられる。

81m。

これは僕が引き取らせてもらいました。約30本分。

引き取らない話で始まったにも関わらず、上がってきた生地を見たら、
「この生地で何か製品を作りたい」
そんな強い衝動に駆られていました。

最初は生地は要らないと言いながら、
途中で心変わりしてサンプル反を譲って欲しいと話した僕に快諾してくれた
先方に感謝しかありません。

そして、数値と、うまくいかなかった理由。

これが一番大きいかもしれません。

「70年分の厚みは織れない」という、書いてしまえば当たり前のことを、僕は生地を織ってもらってようやく理解しました。
授業料としては高い……いや、授業料は払っていないんです。
本生産の生地は全部先方持ちでした。恐縮しかありません。

解体をしていると、目の前の一着が「当時そのもの」であるような気がしてくる。
実際は、当時から70年ぶん歩いてきた姿を見ているだけなんですよね。

型紙は、それでも当時のまま取り出せる。線は経年しないので。

でも生地は、経年する。

同じ一着から、経年しないものと経年するものが両方出てくる。
ここが、今回いちばん面白かったところです。


この81mで作った製品の話は、FUKUBORI 側で連載します。第一回:捻じれは、誰にも歓迎されていなかった

生地探求、これにて。……とは言い切れないですね。品番は残っているので。

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